大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山形地方裁判所 昭和43年(ワ)253号 判決

原告

鈴木輝雄

ほか二名

被告

主文

第一、被告は、原告鈴木輝雄に対し、金二七一万一、七五〇円及びこれに対し、昭和四三年一〇月一二日から支払済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

第二、原告鈴木輝雄の右第一以外の請求を棄却する。

第三、原告鈴木七郎、同鈴木としゑの各請求を棄却する。

第四、訴訟費用は、

一、原告鈴木輝雄と被告間に生じた部分は、これを四分しその一を同原告の、その三を被告の各負担

二、原告鈴木七郎、同鈴木としゑと被告間に生じた部分は、同原告らの負担

とする。

第五、この判決は、右第一に限り、仮に執行することができる。

但し、被告において金一〇〇万円の担保を供するときは右仮執行を免かれることができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告ら

(一)  被告は、原告鈴木輝雄(以下単に原告輝雄と略称する)に対し金四六四万一、四二〇円、原告鈴木七郎(以下単に原告七郎と略称する)、同鈴木としゑに対し、各金二〇万円及びこれに対し、いずれも昭和四三年一〇月一二日から支払済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに

仮執行宣言

二、被告

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決並びに

担保を条件とした仮執行免脱宣言

第二、当事者の事実主張

一、請求原因事実

(一)  事故の発生等

1 昭和三七年一〇月一〇日午後四時頃、山形県長井市小出日の出町長井大橋東詰付近県道上(以下同所を本件事故現場と略称する)において、同所を西進中の訴外甘粕秀雄(以下単に訴外甘粕と略称する)運転の大型貨物自動車(以下単に加害車と略称する)と、同所を歩行中の原告輝雄とが接触した。

2 右1の接触により、原告輝雄は、加療約一年六ケ月を要する左足関節脱臼骨折等の傷害を受けた。

(二)  帰責原因

被告は、加害車を所有し、かつ、自己のため運行の用に供していたから、被告は右(一)の事故につき、自動車損害賠償保障法三条による損害賠償責任がある。

(三)  損害

1 原告輝雄

(1) 逸失利益 金三二七万二、四二〇円

イ 原告輝雄は、右事故による右(一)2の傷害により、左足関節機能全廃下肢短縮の後遺症があり、同症は労働基準法施行規則別表、身体障害表第五級に該当し、その労働能力喪失率は七九パーセントになるが本訴においては、これを任意五〇パーセントに修正

ロ 労働大臣官房労働統計調査部のなした調査統計(昭和四〇年四月分)によると、二〇才男子の、年間給与収入は金三六万三、一〇〇円

ハ 原告輝雄は事故当時七才

ニ 稼働可能年数は、六〇才まで四〇年

ホ 右イ、ロによる年収入金一八万一、五五〇円の四〇年分につき、ホフマン式単利計算法により、年五分の中間利息を控除すると、二〇才時における逸失利益は金三九二万八、七四二円となる。

ヘ 右ホから一六才(訴状提出時実際は一三才であるが一六才であると主張するので、そのまま記載する)から二〇才に達するまでの間の中間利息を、ホフマン式単利計算法により控除すると、その現価は金三二七万二、四二〇円となる。

(2) 後遺症用着装具代 金三六万九、〇〇〇円

右(1)イの後遺症のため、原告輝雄は歩行用靴型装具を、事故発生一年後から、その平均余命(少なくとも六〇才まで)中概ね四一足を必要とするところ、一足金九、〇〇〇円として、合計金三六万九、〇〇〇円となる。

(3) 慰藉料 金一〇〇万円

2 原告七郎、同としゑ

慰藉料各金二〇万円

原告七郎は原告輝雄の父、原告としゑは原告輝雄の母であるところ、原告輝雄の、右(一)2の傷害及びこれに伴う右(三)1(1)イの後遺症は死にも等しい重大なものであり、右原告らの、原告輝雄の父母としてその精神的苦痛は顕著なものである。

(四)  よつて被告に対し、原告輝雄は、金四六四万一、四二〇円、原告七郎、同としゑは、各金二〇万円、及びこれに対しいずれも、本訴状が送達された日の翌日である。昭和四三年一〇月一二日から支払済に至るまで、それぞれ民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、答弁

請求原因事実に対し

(一)  その(一)(事故の発生等)につき

1 その1は認

2 その2は、そのうち傷害を受けた事実は認、傷害の程度は不知

(二)  その(二)(帰責原因)は認

(三)  その(三)(損害)につき

1 その1(1)(ハ)(原告輝雄の事故当時の年令)は認

2 その余は全部不知

三、抗弁

(一)  自動車損害賠償保障法三条但書所定事由の存在

1 加害車運転者訴外甘粕には、加害車の運行に関し注意の懈怠がない。

(1) 本件事故現場の道路は制限速度が時速五〇キロメートルであるところ、訴外甘粕は、当時時速約三五キロメートルで西進中、その前方少なくとも五〇メートル以上の地点(長井大橋上)を、山形交通株式会社の定期バス(以下単にバスと略称する)が、対面進行しているのを認めた。

(2) 訴外甘粕は、バスが右長井大橋を渡り切つた上、同バスの停留場とされている地点より手前(バスの進行を基にして)の地点に停止したのを、その前方約三〇メートルの地点に認めたのでこれとすれちがうのにあたり、加害車のスピードを、同所で時速約三〇キロメートルに減速し、更に万全を期するため、バスの右側先端付近において時速約一五キロメートルに減速して進行し、バスとのすれちがいを開始した。

(3) 右(2)の、すれちがい開始時から加害車の運転者席がバスの右側後端を通過する段階においてバスの後部道路上に人影がなく、その通過に支障はなかつた。

(4) 加害車の後端が、バスの右側中央部と後端との中間点まで進行した段階において、原告輝雄が同所道路を横断するため走りながらバスの後部を廻つて、加害車の右側後輪付近に衝突した。

(5) 訴外甘粕は、右(4)の衝突の状況につき、加害車のバツクミラーにより、人影が加害車に接触するのを認め、急停止の措置をとつた。

(6) 右(1)ないし(5)の事実によると、訴外甘粕は、その加害車を運転し、停止中のバスとすれちがうに当り、要請される注意義務である前方(バスの後部を含む)注視、減速、徐行等の義務を充分履践しており、その懈怠はなかつたものと言うべきである。

2 原告輝雄に、過失がある。

(1) 原告輝雄は、右1(3)(4)の如く、加害車の運転者席がバスの右側後端を通過する際は、バスの後部に居らず加害車がバスとすれちがいを完了する直前、走りながらバスの後部から同所を横断するため、突然加害車の右側にとび出した。

(2) 右とび出すにあたり、原告輝雄はバスの後部において、一時停止してその左右の安全を確認しなかつた。

(3) 当時本件事故現場には、他に通行中の車両がなく、バスの乗客も少ない上、原告輝雄は平素通学のため右バスを利用し、同所で乗降していたから、その付近の道路事情に精通していた。

(4) 原告輝雄は、本件事故当時、七才、小学校二年生である。

(5) 右(1)ないし(4)の事実によれば、原告輝雄には、道路を横断すろにあたつては、一時停止して、その左右を確認した上、その挙に出るべき義務があるのに、これを怠つた過失があり、かつ、これについての弁識能力が備わつていたものと言うべきである。

3 加害車には、構造上の欠陥または、機能上の障害がなかつた。

(二)  本件事故による損害につき、原告らと被告間に示談が成立し、被告は、その履行を完了した。

1 昭和三八年三月一八日、原告らの代理人兼本人である原告七郎と被告間において、東北地方建設局長は、原告七郎に対し、原告輝雄の医療費及び、療養のため現実に支出した費用を支払う、原告らは、逸失利益、慰籍料等その余の損害金の請求をしない、旨の合意が成立した。

2 右1の合意に基づき、被告は、原告らに対し、右1の合意成立日から昭和四一年二月一八日までの間一一回にわたり、右合意に副う金員全部の支払を完了した。

3 従つて、被告の原告らに対する損害賠償義務は消滅した。

(三)  過失相殺

1 被告に損害賠償義務があるとしても、右(一)2の如く、本件事故発生につき原告輝雄にも重大な過失がある。

2 従つて、右1の点は賠償額の算定上、しん酌さるべきである。

四、抗弁に対する答弁

(一)  抗弁(一)は、そのうち、その2(4)の、原告輝雄の事故当時の年令は認、その余は否認

(二)  抗弁(二)は、そのうち、原告らと被告間において、被告主張の日に、原告輝雄の治療費等、右傷害治療のため現実に支出した費用を、被告が支払う旨の合意が成立しそれに基づき、被告が治療費等の支払をしたことは認、その余(慰藉料、逸失利益につき示談が成立したこと)は否認。

(三)  抗弁(三)は否認。

第三、証拠関係〔略〕

理由

第一、事故の発生

一、請求原因事実(一)1(事故の発生)は当事者間に争いがない。

二、原告輝雄の傷害

〔証拠略〕によると、請求原因事実(一)2が認められ、これに反する証拠はない。

第二、帰責原因

一、請求原因事実(二)(被告が加害車の保有者であること)は当事者間に争いがない。

二、右一によると、被告は、自動車損害賠償保障法三条本文により、損害賠償責任がある。

第三、抗弁について

一、自動車損害賠償保障法三条但書所定事由の存否につき

(一)  加害車運転者訴外甘粕の過失の存否

1 〔証拠略〕を総合すると、次の如き事実が認められる。

(1) 本件事故現場は、山形県長井市小出地内の東方に所在する伊佐沢地区から、西方長井市方面に至る県道と、南方同市小出日の出町方面、北方同市金井神方面に通ずる道路(以下単に交差道と略称する)との交差点であり、長井大橋の東詰に接している。

(2) 事故発生当時、県道は幅員約六メートルで舗装がなく、小石が散乱した砂利道であり、若干の凸凹が存し、長井大橋の東端から東方約一五〇メートルにわたり、概ね八度の勾配を有するが、事故現場を中心にその東西各二〇〇メートル(橋上も含む)にわたり見とおしは良好である。

(3) 右(1)の交差道は長井大橋の東端から概ね一〇メートルの地点(日の出町方面に至る道路西端部分が)にあり、幅員約五メートルで、舗装されていない。

(4) 本件事故現場の制限速度は、時速五〇キロメートルであるところ、訴外甘粕は、右事故当時、時速約三五キロメートルで右第一、一、認定の如く西進していたところ、当初その前方約一三〇メートルの地点(長井大橋上)を、東方に対面進行する山形交通株式会社のバスを認めた。

(5) バスは、長井大橋を通過し、その東端から概ね、一五メートル東方(バスの先端部分)に停止したので、その後端は、交差道の西端付近にかかつていた。

(6) 当時、東進するバスの、バス停留場の標識は存在しなかつたが、同停留場は、右(1)の交差点東北角から、東方約四メートルの地点にあつた。

(7) 訴外甘粕は、右(5)の、停止したバスを、その前方約三五メートルの地点において認めたので、これとすれちがうのに備え、道路幅が狭いため、直ちに、加害車の速度を、時速約二〇キロメートルに減速した上、バスから降りた乗客がバスの後部を廻つて、同道路の横断を開始する以前に、加害車が、バスの後部を通過し得るものと考え格別、警笛の吹鳴をせずバスと加害車は約三〇センチメートルの間隔を置いてこれとのすれちがいを開始した。

(8) 右(7)のすれちがい開始時及び、加害車の運転者席がバスの後端に達した段階において、バスの後部に、なんらの人影も存しなかつた。

(9) 加害車の後端が、バスの中央部分より、やや後部付近に達したとき、訴外甘粕は、そのまま進行すれば、加害車の左前部が、長井大橋のらんかんに接触する可能性があつたため、更に時速を約一五キロメートルに減速しながら、ハンドルを若干右に切つたところ、バツクミラーにより、加害車の、右後輪付近に、人影がとびこんだのを認めたので、直ちに急停止の措置を講じ、それより先約三メートルの地点に停止した。

(10) 原告輝雄は、停止したバスから、同所での他の降客三名位のうち最初に下車し、駆足でバスの横及び後部(約数一〇センチメートルの地点)を廻り、同後部で一時停止して、同道路の左右を確認せず前方、やや下向きのまま交差道を、右日の出町方面に至るため県道の横断を開始したところ、右(9)の位置にあつた加害車の後部に衝突し、その場に転倒し、加害車の右後輪により、左足を轢禍され、数メートル西方に引きずられた。

2 〔証拠略〕中、右1の認定に反する部分は信用できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

3 右1の認定事実等によると、次の判断が可能である。

(1) バス停留場にバスが停止している場合は、バスから降りた乗客がバスの前、後を廻つて当該道路上に出ることがあることは、極めて一般的な事柄である上、本件事故現場の如く、バス停留場は、バスの通行する道路とその南方に存する人家に通ずる道路との交差点(十字路)であるから、バスから降りた上右交差道に赴むくため、バスの後部からバス道路を横断する者のあることは、通例の事柄であり、従つてその事態の予想も、いとも容易のことであると言うべきである。

(2) 右(1)のような状況下において、停止中のバスとすれちがいをする自動車の運転者は、先ずバスの前部で一時停止をして、バスから降り、その後部から道路に進入する者の有無を確認するか、一時停止しない場合でも、バスの後部から突然とび出す者に備え、予め警笛を吹鳴し、できる限りバスとの横間隔を置き、最徐行をしながら、進行すべき義務がある。

(3) 右1認定の諸事実殊に訴外甘粕は、バスの降客が降車後、道路横断を開始する以前に、加害車がバスとのすれちがいを完了するものと考えた結果一時停止、警笛の吹鳴等の措置を講ぜず、かつ、バスとの横車間距離を約三〇センチメートル置き、時速一五キロメートルないし二〇キロメートルで進行したのであるから、この点において、訴外甘粕には、本件事故発生につき、右(2)の注意義務違反があるものと認めるのが相当である。

4 付言する。

(1) 被告は、本件事故発生当時バスは正規の停留場以外の場所に停車したから、訴外甘粕において、バスからの降客のあることを予想しなかつた旨主張し、〔証拠略〕中には、右主張に吻合する供述部分がある。

(2) バスが正規の停留場に停止しなかつたことは右1(6)認定のとおりであるが、当時訴外甘粕は、バスの降客がバスの後部を廻つて横断を開始する以前に、加害車は、バスとのすれちがいを完了し得るものと考えていたことは右1(7)認定のとおりである外バスが市街地等において、交通渋滞のため停止している場合、或いは故障のため、停止していることが外見上明白(バス車掌の合図若しくは、修理に従事中等)な場合であれば格別、人車の交通量の少ない田舎道で、前車もなく、しかも正規の停留場から、さして隔りのない場所にバスが停止している場合それは客の乗降のためのものであることは稀有の事象でなく、従つてそのことは容易に想像できることである。

(当裁判所に顕著な事実である)

(3) 右(2)によると、訴外甘粕において、バスの停止位置の関係からバスからの降客のあることを予想しなかつた旨の主張(証言も含む)は採用できない。

(二)  右(一)認定の如く、本件事故発生につき、訴外甘粕に過失があるから、自動車損害賠償保障法三条但書所定のその余の事由(抗弁(一)、23)の存否につき判断するまでもなく、被告は、同条本文による損害賠償責任がある。従つて抗弁(一)は採用しない。

二、抗弁(二)(示談の成否)について

(一)  昭和三八年三月一八日、原告らと被告間において、被告は、原告七郎に対し、原告輝雄の医療費及び、その療養のため現実に支出した費用を支払う旨の合意が成立したことは当事者間において争いがない。

(二)  右合意の、効力の範囲

1 〔証拠略〕によると、次の如き事実が認められる。

(1) 右(一)の合意は、乙一四号証の一ないし一一の、示談書と題する書面により、成立(若しくは証明文書として存在)している。

(2) 右示談書の表題は、賠償金の中間払についてと表示され、その内容は、被告は原告七郎に対し、医療費用及び医療にかかる現実に支払を伴つたものにつき賠償金を支払う、この賠償金につき、右原告は一切の異議を述べない、旨記載されているが、医療費等以外のものにつき、右原告らから被告に対し、その請求はしない旨の記載はない。

(3) 右示談書作成についての交渉段階で被告の係員から原告七郎に対し、被告において、医療費等現実に支出した金員を支払うが、消極的損害金の支払はしない旨の告知がなされたところ、右原告がこれを了解し、右示談書が作成された。

(4) 右交渉に当つた原告七郎は、当時消極的損害の概念を精解していなかつた。

2 〔証拠略〕中、右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

3 右1の事実によると、次の如き判断が可能である。

(1) 右示談書記載の表題及び記載内容自体からみると、右合意は、原告輝雄の医療費等、現実に支出をした部分についてのものであり、その他の損害賠償債権の放棄、若しくは、その債務を免除する趣旨は包含されていない。

(2) 被告の係員と原告七郎間の交渉結果、とりわけ、右1(3)の被告の係員の原告七郎に対する医療費等は支払うが、その他の消極的損害の支払はしない旨の告知と、原告七郎の、その了解の趣旨は、右医療費については、示談(これ自体任意であるが)により、任意支払に応ずるが、消極的損害については、任意これに応じ難いと言うに過ぎず、それ以上に、それを賠償しないとする合意まで包摂したものでないと解するのが相当である。

4 以上の認定によると、右示談は、原告輝雄の医療費等積極的損害の賠償に関するもので、所謂消極的損害について及んでいないと言うべきである。従つて抗弁(二)は採用しない。

第四、損害について

一、原告輝雄

(一)  逸失利益

1 原告輝雄が、本件事故当時、七才七月であつたことは当事者間に争いがない。

2 労働能力喪失率

(1) 〔証拠略〕によると、右第一、二の傷害の結果、原告輝雄は、左下肢が右の健脚に比し、約一センチメートルないし二センチメートル短かく、左下腿筋萎縮が高度で、軽度内反位に骨性強直を示しており、軽度の跛行(外部から気付かない程度)があるが、症状は固定し、足趾に運動制限はないこと、将来身体の成長に伴い、左下肢短縮度は、多少伸展し、かつ骨髄炎を再発する可能性があること、現在中学三年であるが、学校における体育スポーツにも格別の支障がなく、駆足も自由であること、等の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(2) 既に、将来の職業が、具体的に選択決定され、それに就ける可能性が強い状態にあつたにもかかわらず、事故による後遺症によりそれが、不可能となり、従つて他の職に転ずることを余儀なくされ、かつ、そのため、収入の減少が予測されるような場合は格別、現に生徒として、将来の方途が確定していない者の、将来における収入の算定は勿論、後遺症が将来の職業選択ひいては、それによる収入の増減に、いかなる影響をもたらすものであるかについての認定は極めて至難である。

殊に原告輝雄の如く生徒の段階において、後遺症が発生した場合は、早期に、その後遺症に適応した教育を施す余地があり、その結果、将来の進学、職業選択も比較的順調に講ぜられる可能性が強い上、現代における職業の多様性と、労働力不足の状態からすれば、原告輝雄に存する右(1)の如き、程度の後遺症が、同原告の将来の職業選択、ひいては、それに伴う収入減少の事態をもたらすか否か甚だ疑問視せざるを得ないところであり、跛行者と雖も、そのハンデイにかかわりなく、正常者に比し遜色のない職業に就き、その社会生活を維持している者のあることも顕著な事実であるが、〔証拠略〕により認められる、原告輝雄の父である原告七郎の職業(自動車運転手)、原告輝雄の生活環境、地域的事情(農村地帯)等を考慮に入れると、原告輝雄の右(1)の後遺症は、同原告の将来における職業上、なんらかの影響を及ぼすものと考えられ、その労働能力喪失率は、三〇パーセントであると認定するのが相当である(自賠法施行令別表等の労働能力喪失率に拘束されるものではない)。

3 七才の男子の平均余命及び稼働可能年令が、六〇才以上であることは、当裁判所に顕著な事実である。

4 労働省労働統計調査部編、昭和四〇年労働統計年報によると、昭和四〇年度の、企業規模一〇人以上の事業所における二〇才男子労働者の現金収入は、年平均金三六万三、一〇〇円であることは、当裁判所に顕著な事実である。

5 右3、4によると、原告輝雄は、二〇才から六〇才までの四〇年間、少なくとも、毎年平均金三六万三、一〇〇円の収入を得ることができる。

6 右5の四〇年間の収入について、年五分の中間利息を年毎のホフマン式計算により、控除すると、年収の、金三六万三、一〇〇円に、五三年(七才から六〇才まで)のホフマン式係数二五・五三五三八二五三から一三年(七才から二〇才まで)の同係数九・八二一一七一三七を控除した数(一〆五・七一四二一一一六)を乗じた金五七〇万五、八三〇円の三〇パーセントにあたる金一七一万一、七五〇円が、右原告の得べかりし利益の喪失による損害に該当する。

(二)  後遺症用着装具代

1 原告輝雄の左下肢に存する後遺症の程度、運動能力、将来の見とおし等は、右(一)2(1)認定のとおりである。

2 〔証拠略〕によると次の如き事実が認められる。

(1) 原告輝雄は、右1の如き、左下肢短縮に伴う跛行を補填するため、歩行が可能になつた本件事故、一年後以降、靴型補正靴が必要となり、既に一足代金九、〇〇〇円のものを三足購入した。

(2) 右補正靴は、将来における足の大きさと左下肢短縮の度合の変化に伴い、それに応じて逐次、作りかえることが必要とされるが、現在その作りかえの時点、従つて、作りかえの数量は予測できない状態にある。

(3) 右(1)の購入した三足の補正靴も、その購入の当時(本件事故後一年)しばらくの間使用したのみで、間もなくこれを廃し、以後新たに購入していないし、また右(一)2(1)認定の如き、程度の歩行等において、原告輝雄自身、補正靴の必要性を感得せず、将来これを用いる意思をも欠いている。

3 原告らと被告間において、原告輝雄の、医療費等、現実に支出した、所謂、積極的損害賠償につき、示談が成立したことは、右第三、二認定のとおりである。

4 右2の認定に反する証拠はない。

5 右1ないし3の事実によると、次の結論が得られる。

(1) 補正靴購入に要する費用は、右3の現実に支出すべき所謂積極的損害に該当するところ、右2(1)の、既に購入した三足分の支出金を、被告において負担したことを認めるに足る証拠はないが、その購入当時(本件事故発生一年後頃)、右示談の効力継続(若しくは、その履行継続)中(昭和三八年三月一八日から、少くとも昭和四一年三月二九日までの間)であつたことからすれば、右三足分は、被告が負担したものとも考えられ、若し、そうでないとしても、右示談に包摂される結果(示談書中の賠償された費用については今後切の異議、請求等を申し出ないこと、及び今後に生じた費用については、協議の上決定すること、の条項により)新たに協議がなされない以上、具体的請求(訴訟上の請求も)は不可能である。

(2) 右三足以外の将来購入分については

イ その必要数量の予測が不能である。

ロ 右示談により、既に、被告の義務は消滅したか、或いは将来の部分については、示談に包摂されていないとしても、右(1)の如く、当事者間に協議が整わねば具体的請求は不可能である。

ハ 現在及び将来、その必要性を喪失した

等の事情により、その請求は不可能である。

(3) 従つて、後遺症用着装具代の請求は、失当である。

(三)  慰藉料

1 原告輝雄の本件事故による傷害(右第一、二)及びそれに伴う後遺症(右第四、一、(一)2)の各程度は、前記認定のとおりである。

2 〔証拠略〕によると、原告輝雄は、右1の傷害のため、一時は、左下肢切断も、やむなき状態であつたが、医師の努力により、かろうじてこれが避けられたものの、右1の程度の後遺症を残すまで回復するには、約一年間の入院生活を余儀なくされ、この間、手術の施行は、三回に及び、退院後も通院治療を続け、小学校も、一年留年し、現在、なお冬期等、時折左下肢に痛みを覚えること、等の事実が認められ、これに反する証拠はない。

3 右1、2認定の事実によると、原告輝雄の、右傷害は、直接生命若くは人体の中枢機能を侵害するものとは言えないが、重症に属し、それ自体及びその治療の方法、期間、後遺症の程度等からみて、同原告の、苦痛は相当高度のものであつたと言うべきであり、その慰藉料は、金一〇〇万円が相当であると認める。

二、原告七郎、同としゑ

(一)  〔証拠略〕によると、原告七郎、同としゑは、原告輝雄の実父母であることが認められ、これに反する証拠はない。

(二)  自己以外の近親者が傷害を受けた場合、慰藉料の請求ができるのは、傷害(後遺症も含む)自体の程度が生命を害されたときに比肩している場合((A)と略称する)若くは、傷害の程度がそれより低級であるが、社会通念上、特殊の事情(傷害の部位が頭部にあり、その将来につき、なお不安が深刻な場合とか、受傷者が幼年でありながら、既にその将来の進路が確定していたのにかかわらず、それと雲泥の相違を有する将来のみが約束されるに至つたことが確定する等の事情)の存在により苦痛自体が、生命を害されたときに比肩する程度に重大である場合((B)と略称する)に限定されるものと解すべきである。

1 原告輝雄の傷害及び後遺症の程度は、右第一、二、及び右一、(一)(2)認定のとおりであり、それは右(A)の生命の侵害に比し、極度に低級のものであることは、多言を要しない。

2 原告七郎、同としゑが原告輝雄の親権者として、本件事故により、当初多くの衝撃を受けたであろうことは認定に難くはないが、本件に提出された全証拠によるも、右(B)の事実は認められず、従つて、原告七郎、同としゑに右(B)の程度の苫痛の存在は、肯認し難い。

(三)  右(二)の認定によると、原告七郎、同としゑには、原告輝雄の受傷による、固有の慰藉料請求権は存在しない。

三、以上、右一、二の認定によると、本件事故による損害は、原告輝雄につき、その逸失利益金一七一万一、七五〇円、慰藉料金一〇〇万円の合計金二七一万一、七五〇円であり、原告七郎、同としゑには存しない(その主張の慰藉料)。

第五、過失相殺について

一、原告輝雄の過失

(一)  本件事故発生につき、訴外甘粕に過失が存したことは、右第三、一、(一)、3認定のとおりであり、更に同事故発生当時、原告輝雄は、停止したバスから、同所での他の降客三名のうち最初に下車した上、駆足で、バスの横及び後部をこれに接続して廻り、同後部右側線で一時停止せず、かつ自己の進路の左右を確認せず、前方、やや下向きのまま右交差道に至るため、右道路の横断をすべく、バスの後端からとび出したものであることは、右第三、一、(一)、1(10)認定のとおりである。

(二)  一般的に、バスの後部から道路を横断する場合においては、バスの右側を通行する自動車があるから、これとの接触を避けるため、バスの後部において一時停止し、その左右を確認した上、右横断の挙に出るべき義務がある。

(三)  右(一)認定の事実により、客観的に考察すると、原告輝雄には、右(二)の注意義務違反が存することは明白であり、しかも、それは、訴外甘粕のそれに比し、本件事故発生原因の悉くをしめているものと認めるのが相当である。

二、原告輝雄の過失能力

(一)  〔証拠略〕によると、原告輝雄は、本件事故当時、長井小学校二年(七才七月であることは、右第四、一、(一)1認定のとおりである)であり、平素、徒歩で通学し、通学以外の際も、余りバスを利用したことがないこと、事故当日原告輝雄は、山形交通株式会社の、バス運転手である原告七郎の同僚の、訴外鈴木庄吾から、下校の途次、たまたま同人の運転するバスに好意的に乗せて貰つたこと、バスに乗ることは稀有のことである上、好意乗車であることから、原告輝雄は、右バス乗車に欣喜とし、その結果右第三、一、(一)1(10)認定の如く、他の降客に先んじて降車し、かつ、駆足で自宅に戻ろうとしたこと、等の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(二)  検証の結果、及び弁論の全趣旨によれば本件事故発生現場の状況は第三、一、(一)1認定の外本件事故当時事故現場から数一〇〇メートル離れた地点に人家が点在し、交通量は少なく、原告輝雄の、肩書住所近辺の住民のバス、その他自動車の利用度は、比較的少なかつた。

(三)  本件事故発生時である、昭和三七年一〇月当時、既に所謂交通事故は、全国的に頻発し、社会問題に発展していたが、現在に比すれば、事故数も少なく、社会的関心の度合も低く、小学校、家庭等における児童に対する交通教育の普及度も低級であつたことは、当裁判所に顕著な事実である。

(四)  右(一)ないし(三)認定の事実に基づき考究すると、次のような判断に到達する。

1 少なくとも、昭和三七年一〇月の時点に限定し、かつこれに原告輝雄の置かれた地域的事情とを併せると、同原告が、その当時特殊の交通教育を受けていたとか、或いは、知能程度が特に優れていた等の、特別の事情が存しない限り、当時七才七月であつた原告輝雄には、本件事故、従つてそれに伴う損害の発生を未然に防止するに必要な、所謂注意能力が欠如していたものと解するのが相当であるところ、本件につき提出された全証拠によるも、右特別事情の存在は認められない。

2 従つて、原告輝雄に、右一、(三)の如き、過失に基づく責任を負担させることはできない。

付言するに、右1に説示の如く、原告輝雄の過失能力の否定は、昭和三七年当時における七才の小学校二年生につき、しかもその生活環境を併せた結果によるものであり、現在における同年令については、別異の見解を有するものである。

三、以上の認定によると、被告の、過失相殺の抗弁は理由がない。

第六、以上の判断によると、被告は原告輝雄に対し、金二七一万一、七五〇円及びこれに対し、記録上明白な本訴状が送達された日の翌日である昭和四三年一〇月一二日から支払済に至るまで、民法所定年五分の割合による。遅延損害金を支払う義務がある。

第七、よつて原告らの本訴請求中、原告輝雄につき、右第六の範囲において、その請求は理由があるからこれを認容し、同原告のその余の請求及び、原告七郎、同としゑの各請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九一条本文、九三条一項本文を仮執行の宣言及びその免脱の宣言につき、同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤俊光)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例